承継コラム vol.34

論語と経営(2)

 

『君子は諸これを己おのれに求め、小人しょうじんは諸を人に求む』
(現代訳:立派な人間は何事も自分に省み求め、つまらない人間は何事も責任を他人に課す)
人間誰しも長所があり、短所があります。完全無欠な人間などおりません。事がうまくいくこともあり、思うようにいかないこともあります。成功することもあり、失敗することもあります。正しく行うこともあり、過ちを犯すこともあります。むしろ、思うようにいかないことや、失敗すること、過ちを犯すことのほうがより目立つものです。それは自分も他人も同じで、ビジネスの社会ではとくにそのようなものであります。

とかく他人の短所や失敗などはすぐ目につき、きわめて気になりますから、注意を喚起し、責任を求めたくなるものです。とくにビジネスの社会ではむしろ当然と考えられます。しかし、その場で注意をせず陰で批判愁傷したり、注意のつもりが単なる激怒で終わったり、注意をしても共に原因を探らず言いっぱなしで終わることなどよくあります。自分が失敗すれば、原因を自分に求めず言い訳だけして逃れようとします。これらの行為は結局良い結果につながりません。論語の言う小人はこのような人物を言います。責任を他人に求めて、それだけで終わってしまう人間です。次の改善や成長に結びついていきませんし、人間関係も悪化する原因となり、悪因悪果の負の連鎖が続きます。

それでは君子とはどのような人物でしょうか?君子は他人の失敗の原因をまず自分に求めます。すべからく「自分が源泉」の立場をとります。他人の失敗の直接の原因はその人にある訳ですが、その更に深い原因は自分にあると反省し探求するところが小人と異なるところです。「人のふり見て 我がふり直せ」と自分への成長にもつながり、かつまた他人が「済まなかった!」「事は未だ済んでいない」という他人自身への戒め反省にもつながるからです。つまり君子は自分の失敗を言い訳などせず、原因を自分に求めて深く反省し、改める人間です。これにより悪因が善因に転化し、悪因悪果から善因善果への正の循環が生じるのです。

幸福を得られるか否かは自分次第です。その源は自分自身の中にあります。仕事の成果を収め得るか否かは自分次第です。その源は関わる人の自分自身の中にあり、他人に求めるものではありません。たとえどのような境遇においても、幸福や成功の有無は結局自分自身の心の持ち方次第と言えるでしょう。 

 


以上
創新事業承継プロジェクトチーム 代表 公認会計士・税理士 高良 明

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